世代が違う同期の存在

「自分の当たり前が、他人にとっては必ずしもそうではなかった」という経験は、少なからず誰にもあるのではないでしょうか。その経験から、自分の固定観念に気づき、新しい発見を得ることにつながったこともあるかもしれません。

 私は、今年度から大学の教員になりました。今年度から大学に入学した学生は、私にとっては「同期」のような存在です。期待と不安を胸に新たな環境に飛び込んだものの、新型コロナの感染拡大の影響で、入学式や入社式のような式典は開催されず、早々からオンライン授業になったためキャンパスライフの“オアズケ”をくらった、いわば“不遇の体験”を共有した仲間でもあります。

 7月以降、段階的に対面式による授業も開催されるようになりました。大学で会えるようになるとこれまでの空白を埋めるかのように学生同士、学生と教員の関係が作られているように感じます。

 そんなある日のことです。

「先生~っ、私たち入学式とかなかったし、ゼミ生で集まって(歓迎の意味を込めて)飲み会とかしよう」と学生が声を掛けてくれました。こういう声掛けをしてもらえること自体が嬉しいですし、仲間意識のある同期との飲み会は楽しそうだなと思いつつ、教員としては冷静に「いいね!でも、みんな18歳だから飲み会はできんよね。20歳になったらね」と返すと、冷めた表情で「はぁ~っ、飲み会はタピオカミルクティでやもん」との返事が返ってきました。

 “飲み会=アルコール”という認識が、私と学生との間でズレていたということはお気づきのことだと思います。自分の価値観だけで相手のことを理解しようとするとミスコミュニケーションが生じることを改めて痛感した出来事でした。この同期たちとの4年間でどれだけの気づきや新しい価値観との出会いがあるか、とても楽しみにもなってきた今日この頃でもあります。

まずは、タピオカミルクティでの飲み会から…、楽しめるかな…(これも固定観念かもしれません)。

(筑紫女学園大学 准教授)

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